AIによる社会的影響およびその周辺
2022年にChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)が登場してから、早くも3年が経過しました。基盤モデルを用いた生成AI技術は、まさに現在の技術の中心的存在となりつつあります。「人間を超える」「仕事が変わる」といった言説も現実味を帯び、実際に日常業務の中でもGPTに問いかける機会が増えてきました。ヘルプデスク業務などではすでに標準的に活用されており、今後はより高度な業務への適用が進んでいくでしょう。
自然言語処理(NLP)の時代からこの分野に関わってきた者として、この3年間の進化は、まるで30年以上の飛躍に相当するように感じられます。
技術の導入は常に新たなビジネス機会や関係者の拡大を伴い、さまざまな方向へと展開していきます。生成AIの登場は、そのスピードとインパクトの大きさにおいて、従来とは比較にならない影響を社会に及ぼしているといえるでしょう。
このブログでは、AI時代における社会的・技術的・哲学的、さらには宗教的含意も含めた周辺の話題について、自分なりの視点で今後の方向性を探っていきます。最終的には、「人類がいかにして科学に社会的信認を与えるか」という命題への貢献を目指しています。
哲学の視点から:ゴルギアス・テーゼ
今回は哲学の観点から「ゴルギアス・テーゼ」を取り上げます。
ゴルギアス・テーゼとは、紀元前4世紀頃(プラトンの時代)に提示された、哲学の初期における三つの根源的な問いです。
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何ものも存在しない
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仮に存在しても、それを人間は認識できない
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仮に認識できたとしても、それを他人に伝えることはできない
これは本来、懐疑論的・批判的に提示された主張ですが、後の哲学では「存在の謎」「認識の謎」「言語の謎」として、それぞれが重要な課題(テーゼ)として捉えられるようになりました。
現代の生成AI、特にLLMは、このうちの「言語の謎」に切り込もうとしていると考えられます。言語がどのようにして生まれたのかという発生論的な問いに対しては、まだ明確な答えはありません。しかし、「次に来る語を予測する」ことを本質とする基盤モデルが高度化したことにより、少なくとも「伝達」の側面においては一つの実用的解を提示できる段階に至りました。
もちろん、ハレーション(予期せぬ混乱)や記憶の信頼性といった課題は残っていますが、それでも大学生レベルの知識をもとにした応答が可能であり、現在ではエージェント技術やリサーチ精度の向上が急速に進んでいます。
LLMの実現は、膨大なデータの存在と、それを学習材料とする「帰納法的アプローチ」の成果に他なりません。これはある意味で、従来の哲学では想定されなかった、「精神世界の再現」に近づく道を、技術が切り拓いていると言えるのではないでしょうか。
生成AIが今後、「認識」や「存在」の謎にも迫れるのかは、これからの研究と技術の進展に委ねられます。しかし少なくとも、「言語の謎」に関しては、帰納的推論を用いた一つの“道具”を私たちは手に入れたのです。
このサイトでは今後も、AIに関連する哲学的・社会的な考察や、そこから見えてくる人間理解の深まりについて、様々な視点から発信していきたいと考えています。
※本記事は、竹田青嗣著『哲学とは何か』(NHK出版)を参考に記述しました